現地採用という生き方- インドで働く日本人-日本企業の海外進出と現地採用の誕生2

日本企業の海外進出を支えるのが駐在員だ。もともと1980年代から本格的に海外進出を果たした日系企業だが、当初は大量の駐在員を派遣していた。しかし、コスト面で駐在員派遣はかなりの負担である日系企業の多くは、最近は駐在員数を減らし、現地採用を増やす傾向にある。ジェトロによると、日本人駐在員を派遣する場合、年間一人当たり2千万円ほどの費用がかかり、そこコストを現地事業で回収する場合には、数億円規模の売り上げが必要になるとのことだ(JETRO、2013)。

  この問題を解決するため、企業側はできるだけローカライズして現地のローカル社員を雇用し、駐在員を削減して競争力を高める必要性がでてきた。然し日系企業においては、日本語と日本の企業文化を重視するために、現地社員が日本人社員の役割を完全に引き継ぎ、経営に参画することが困難であった。そこで言語と日本のビジネスマナーに習熟した日本人労働者を、安価の労働力として雇用する現地採用の需要が発生したというわけだ。

 

 日本人現地採用の大規模なレベルの誕生は、香港を発端とする。酒井によると、1980年代半ばまでは、個人レベルでたとえば現地香港人と結婚して定住した者や、知り合い等のネットワークを介すなど、インフォーマルな形で現地雇用が行われていた。その後、潜在的な現地採用の需要を察知した日系の人材派遣会社が、ビジネスを展開したことで、エージェントを媒介に大量の日本人が香港で就労するようになる。

 このような海外就労の増加は、日本の雇用状況を反映したものでもある。1990年代に入りバブル経済の崩壊により、企業は海外に市場を拡大せざるを得なくなったのと同時に、日本の雇用機会の悪化を受けて、日本人労働者も日本で就労が難しくなってきた現実がある。前述した大石氏の著書には、日本で就職活動を続けていた大学生が幾多の企業から断られ続け内定を得られなかったため、インドネシアで仕事を得、そこでイキイキと業務に取り組む姿が紹介されていた。近年の若年層と女性を中心に増加する非正規雇用や、大学を卒業後に無事就職したところで約3人に1人が3年以内に離職する時代である。多様化した価値観も相まって、日本で就職口がないので仕方なく海外で就労するしかない、または望むようなキャリアを構築できないと感じ海外へ飛び出し現地採用となったり、または起業などしている。 

   企業が国を選ぶ時代が到来したと述べたが、労働者も働く国を選ぶ時代になったとも言えよう。個人も日本だけに留まらず、海外で就労することが物珍しい物ではなくなってきている。現に海外就労する日本人の数は増えてきている。外務省の海外在留邦人数調査統計では2014年時点で、男女それぞれ232,008人、32,276人が民間企業関係者として、海外に3ヶ月以上長期滞在している。これは10年前の2004年の男女合計民間企業関係者数の161,541人と比べ、1.6倍増加したことになる。そのうち現地採用の人口がどれだけかは分からないが、世界中で確実に増加しているだろう。

 

    さて、スタートは香港だった日本人現地採用の波は、シンガポール、タイ、マレーシア、ベトナム、中国、インドネシアなどアジアの広範囲に拡散していくなかに、インドはアジアの現地採用受入国のなかで比較的遅いほうである。人材派遣会社のパソナは、他の大手エージェントより一足先に2007年からインドで事業を開始した。日本人から見て地理的にも心理的にも遠いインドだが、元大手人材派遣会社社員で、現在は独立し、インドで日本人現地採用の人材派遣会社を起業した始めた前田氏は「今のうちに手を打って、今後のビジネス拡大の素地を作っておきたい」と、将来的にインドで働く日本人が増加することを大いに期待していた。彼の予想はインド経済のポテンシャルに裏打ちされたものだ。

 では、次に中国に次ぐ世界経済の牽引国として期待される、インドの独立から今日に至るまでの歴史を経済の視点から眺めてみよう