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インドの将来性に対する疑問-現地採用日本人の視点

しかし初等・中等教育の普及は諸外国と比べ大きな遅れを見せている。

 改めて言うまでもなく、経済発展と国民教育は密接に関係する。本書の趣旨から脱線するが、今後のインド経済を占うために、インドの教育事情を概観してみたい。

 インドの教育制度は州による若干の違いはあるものの、5・3・2・2制度であり、インド憲法で最初の8年間は無償義務教育が定められている。しかし、内実は教育が万人に施されているとは言い難い。インドでは連邦政府と州政府の両方が教育実施の責任を負っているが、財政難などを理由に州政府が義務教育を履行するように厳しく処置をしてこなかった。実際に筆者は何人ものインド人同僚に義務教育期間を尋ねてみたが、人によって答えがばらばらであり、要するに彼らも教育を受ける権利についてはっきりと理解していなかった。なので個々人による教育を受けた年数が異なっており、義務教育期間中のドロップアウトや未履修も珍しいものではない。

 さらに学校教育の質および教員の質の低さも問題視されている。残念ながら日本ではあまり考えられないことだが、学校に来なかったり、授業に遅れたりと教える気のない教員が後を絶たないという実態が浮かび上がる。ある調査では、公立学校の現状を把握するために、インド全土計3700校に対して抜き打ち調査が行われた際、約4分の1の教員が学校を欠席しており、いくつかの州では教員の2割ほどしか授業をしていなかったというショッキングな結果も出ている(Kremer他、2005)。

 

 IT分野で活躍するエリートインド人のイメージとは裏腹に、万人への教育という意味で初等・中東教育制度には多くの課題があり、決して低い割合ではないインドの子供たちが、十分な教育を受けないままに社会にでている。一般的なインドの教育レベルについて概観しよう。

 

 約57万人の地方の子どもたちを対象に教育に関する調査報告書であるThe Annual Status of Education Report 2014によると、クラス 5 (日本の小学校5年生にあたる)の地方の学校に通う生徒の約半分はクラス2で習う文字や簡単な文章が読めない。公立学校に通うクラス2の子供たちで文字を識別することさえできない生徒の割合は、32.5%に上り、2010年の調査の13.4%から増加してしまった。さらに、インドといえば「ゼロ」に関する基礎概念が生まれた地であり、「20X20」まで掛け算を教えることで日本でも有名である。そのため算数や数学に強い国民であり数学教育は徹底しているイメージがあるが、内実はそうでもない。同調査では、クラス2で習う52-24=28というような単純な引き算も、約半数のクラス5の生徒は解けない結果が出た。

 基礎教育が確立されていないインドでは、労働に最低必要な基本的な能力に欠けた労働者が数多くいる。例えば2009年-10年の時点で、全労働人口のうち約3人に1人が非識字者であり、女性労働者の場合は、52.5%、つまり半分以上は読み書きができない状況であった(Thomas,2012)。人材不足ながら、公教育水準が低いために必要なスキルを持つ人材確保に苦労しているという矛盾もでている。

 インド国内で若者から圧倒的な支持を得る作家のChetan Bhagatは自身のエッセイで、都市の教育が充実している私立学校では、2-3年間で習得してしまうような単純な文章や算数が地方学校生徒の約半数が6年間の学校教育のなかで理解していない状況に危機を呈している。地方の学校教育を改善することは国の喫緊の課題であり、改善に失敗した場合に、今後10、20年に無尽蔵の教育もスキルもない若者が失業にあえぐと注意を喚起している(Bhagat, 2015)。

 さまざまな調査で貧弱な公教育の実態が露呈されている一方で、一部の年の富裕層は、最高の環境が整った私立学校に行かせ教育を受けることができる。一部の「超エリート層」と「その他大勢」の国民の間に質と保障の面で教育格差がある。世界中から賞賛を浴びるインド教育は一部エリート層が受けている教育のみに限った話だと考えるほうがいいのだ。