求められるインド現地採用人材像と雇用待遇 -現地採用日本人の視点

さて話を現地採用の平均像にまた戻すが、いったいどのような職種や業種のポジションが求められているのだろうか。

 インドで日系企業から外資系、インド企業まで日本人労働者を公募する職種は、日本の花形産業である製造業を中心に、インドの基幹産業のIT関連からサービス業、商社まで横断的に拡がっているという。多様な職種に応じて業務も枝分かれしているが、注目すべきことは、日系企業に関しては、特定の業務に対し現地採用の性別の嗜好がはっきり分かれてくることだ。RGFインドによると、日系企業が総務や秘書などのアドミンの職種は企業は女性を、製造業は男性を求める傾向にあるという。日本のオフィスを眺めても、マネージャークラスになると男性で、その補助的役割をするのは女性であり、製造業は男の世界となっている。日本でジェンダー化されている職業が、海外の現地採用の雇用慣行にそのまま踏襲されていると言ってよい。

 日本人現地採用になるのは女性のほうが多いと話したが、企業は女性労働者を歓迎し積極的に採用しているところが多い。この背景にはそもそも現地採用になりたいと望むのが女性が多いため、企業側は男性を雇いたくても候補者がいないという、消極的理由もあるだろう。しかし、同時に男性よりも女性を雇用したいという積極的理由も絡んでいる。

 一つ目の理由としては、インドの駐在員とその日本人顧客の大体が男性であることから、現地採用には彼らの「目の保養」になる女性が好まれるという事情がある。つまり男性駐在員のアシスタント的な役割として、日本のビジネス事情を知っており、気配りや配慮ができる日本人女性が好まれるのだ。大手人材派遣会社に問い合わせてみると、派遣会社のほうでも性別嗜好は応募条件に記載することをはばかっており、日系企業のほうも日本で性差別に考えられることなので、体面を気にして公表はしないが、実際には性別で振り落とされるケースもあるとのことだ。

 インドでは見当たらなかったが、他国での現地採用の求人案件を幅広くチェックしてみると、ベトナムのとある日系企業の秘書のポジションの応募資格条件に「女性らしい気配りができること」と書かれていた。「女性らしい気配り」をどう解釈すればいいかは謎であるが、ジェンダーによる明確なプリファレンスを象徴する一文ではある。海外進出先で「日本的なもの」を重視する日系企業が、日本の性別役割を海外の現地採用の雇用ルールにも適用しているのは、日系企業らしいといえばらしい。

 女性が現地で積極採用される二つ目の理由として、多くの企業が適応力は女性のほうが高いと考える傾向があることも関係する。海外就労となると、文化や環境の変化に耐えられる精神的・肉体的にもタフな人物でなければ難しい。人材派遣会社によると、男性よりも女性のほうがタフで、海外長期滞在にも適応できる柔軟性を備えていると企業側が思っているふしがあると話す。

 なぜ企業側はそのように考える傾向があるのか?そもそも女性現地採用の人口が多いので、現地で力強く生活している女性たちを雇用側も多く見てきているせいで、男性よりも女性のほうが冒険心があり、適応力があるという刷り込みがあることが推測される。男性でも様々な環境に何の抵抗もなく入っていける人もいれば、女性でも新しい環境に全く慣れることができない人もいるだろう。ただ筆者の考えでは、現地採用企業側がもつ性別による異文化への柔軟性のステレオタイプは、にわか外れてはいないように思う。

 随筆家の中村うさぎ氏によると、男女で社会的に異なる行動パターンがあると言う。日本社会は、男性は一家の「家長」として妻を迎え、女性は夫の「家」に嫁ぐ家父長制を敷いているが、この制度の下で男性は強固な自我を形成し、外の世界を積極的に変革する志向を有するようになり、逆に女性は柔軟な自我を形成し、周囲に対応できる素地を身につける。というのは、男性があまりにも外の世界に受身な自己を持ったのでは、「家長」の役割を担うのに心許ない。反対に、女性の場合には自己が堅固に確立していると、結婚して嫁いだ先で新しい環境に適応できず、不具合が生じてしまう。そのため社会の文脈のなかで形成された男女の行動習性の違いが生まれ、それは新しい環境に適応する際に、男女でその対応の仕方は大いに異なってくる。もし新しい環境が自分の理想と現実との間に乖離がある時に、男性の場合は現実の環境を変えたがるのに対して、女性の場合は自分の理想を放棄するか、または自分自身を変革することで、外界との妥協点を見つけるという(中村、2007)。

 この理論を海外就労の状況に当てはめてみると、企業が柔軟性の面で女性を採用したがるのも少し理解できる。現地採用は日本で一旦就労を経験した後に、海外で就労するパターンが一般的だ。ある程度の日本で仕事を経験を持った者が、勝手が全く違うインドの中へ入って、生活から仕事、考え方の違いと常に新しい物のなかで対応していかなければならない。女性の場合には、環境の変化にも対応できるように幼いころからそのつもりで育てられてきているので、異なる環境へぐにゃりと融和してしまう。逆に男性は海外就労地において、自分の快適な環境作りへ外部を変化させることにベクトルが傾くため、許容可能な環境の閾値は女性のよりも低くなる。

 以上の理由により、女性が活躍できるポストが多数用意されているのが現地採用だ。前述したが、インドで大手人材紹介会社が出す現地採用の求人票には、日本の男女雇用機会均等法に則り、性別の好みは公表はされていないが、内実は磐石にポジションや駐在員の好みに左右した男女での採用パターンの相違は存在する。